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松江地方裁判所益田支部 昭和46年(ワ)24号 判決

原告

田村一三

ほか五名

被告

三栄化学工業株式会社

ほか一名

主文

被告らは、各自次の金員を支払え。

1  原告田村一三に対し金八三三、三三四円及びうち金七五七、三三四円に対する昭和四四年一月一八日より支払いずみまで年五分の割合による金員

2  原告田村津与志、同明子、同浩一に対し各金三三四、八八九円及びうち金三〇四、八八九円に対する前同様の金員

3  原告森元善治、同波代に対し各金二二万円及びうち金二〇万円に対する前同様の金員

原告らのその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その一を被告らの負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一原告らの申立

「被告らは各自次の金員を支払え。

1  原告田村一三に対し金一、八四八、〇〇〇円及びうち金一六八万円に対する昭和四四年一月一八日より支払いずみまで年五分の割合による金員

2  原告田村津与志、同明子、同浩一に対し各金六八二、〇〇〇円及びうち金六二万円に対する前同様の金員

3  原告森元善治、同波代に対し各金五五万円及びうち金五〇万円に対する前同様の金員」

との判決及び仮執行の宣言。

第二請求原因

一  事故の発生

次の交通事故が発生した。

日時 昭和四四年一月一七日

場所 島根県鹿足郡日原町大字新地国道九号線路上

加害車 被告松本運転の大型貨物自動車

被害者 田村カズ子

態様 当時、前記道路は、熊谷道路株式会社(以下熊谷道路という)及び有限会社吉良工務店(以下吉良工務店という)において道路工事を施行中であり、道路上に発破防護柵を支えるワイヤーロープがはられていたところ、加害車は右道路を通過する際、右ロープに自車荷台部分をひつかけ、そのためロープ先端の抗が抜け、これが道路交通整理にあたつていた被害者に激突した。

二  結果

被害者は、脳挫減、頭蓋底骨折、頸椎骨折等の傷害のため、即死した。

三  被告松本の過失

被告松本は、加害車を運転して本件事故現場を通過するにあたり、その荷台部分の上限が地上三・〇五メートルに達していてこれがロープに引つかかる危険は大であつたから徐行の上ロープに引つかからないように注意して運転すべき義務があつたというべきところ、これを怠り、漫然高速で進行したため、本件事故を発生せしめた。

四  責任原因

被告三栄化学工業株式会社(以下被告会社という)は、加害車を所有し自己の営業のために運行の用に供していた者であり、被告松本は、加害車を運転中自己の過失により本件事故をひきおこした者であるから、被告会社は自賠法三条により、被告松本は民法七〇九条により、次の損害を賠償すべき責任がある。

五  損害

(一)  被害者に生じた損害

1 死亡による逸失利益

(1) 被害者の死亡当時の年令 三五才(平均余命四〇・五八年)

(2) 就労可能期間 二八年間(六三才に至るまで)

(3) 収入 月二四、六〇〇円

すなわち、被害者は本件事故当時農業に従事して年収二九二、〇〇〇円をあげ、同時に月平均五日間日雇人夫として日収七九〇円で稼働していたので、少くとも、一八才以上の女子労働者全国月間平均給与額二四、六〇〇円(昭和四三年労働省統計調査部発表賃金センサス)以上の月収があつた。

(4) 控除すべき生活費 月一二、三〇〇円

すなわち、当時の被害者方一家(被害者、夫、子三名(一二才、八才、七才)、夫の母)の生活費は一ケ月五二、二八一円(一人平均八、七一四円)であつたから、被害者一人の生活費は前記月収額の半額一二、三〇〇円を上廻ることはなかつた。

(5) 毎年の純利益 一四七、六〇〇円((3)より(4)控除、その一二倍)

(6) 年五分の中間利息控除 ホフマン複式(年別)による(係数一七・二二一)

(7) 現在一時に請求できる金額 二、五四一、〇〇〇円

2 慰藉料 一五〇万円

3 合計 四、〇四一、〇〇〇円

(二)  被害者の損害賠償請求権に対する原告らの相続額

1 原告田村一三(夫、相続分三分の一) 一、三四七、〇〇〇円

2 原告田村津与志、同明子、同浩一(子、相続分各九分の二) 各八九八、〇〇〇円

(三)  原告らに対する慰藉料

(1) 原告田村一三(被害者の夫) 一五〇万円

(2) 原告森元善治、同森元波代(被害者の父母) 各五〇万円

(3) その余の原告(被害者の子) 各五〇万円

(四)  損害の填補

原告森元善治及び同森元波代を除く原告らは、本件事故につき、自賠責保険金三〇〇万円並びに共同不法行為者たる有限会社吉良工務店及び熊谷道路株式会社より金五〇万円の賠償金の支払いを受けた。右は右原告らの被害者に対する相続分に応じて受領したものである。

(五)  弁護士費用

(1) 原告田村一三 一六八、〇〇〇円

(2) 同森元善治、同森元波代 各五〇、〇〇〇円

(3) その余の原告ら 各六二、〇〇〇円

原告らは本訴請求事件につき本件訴訟代理人に訴訟委任し、手数料として金一五万円を支払い、成功報酬として判決認容額の一割を支払う旨約した。したがつて被告らの負担すべき弁護士費用は、各請求総額の一割をもつて相当とする。

(六)  総合計

(1) 原告田村一三 一、八四八、〇〇〇円

(2) 原告森元善治、同森元波代 各五五〇、〇〇〇円

(3) その余の原告 各六八二、〇〇〇円

六  請求金額

よつて、原告らは、被告らに対し連帯して次の金員を支払うよう求める。

(一)  原告田村一三に対し損害金一、八四八、〇〇〇円及びうち金一六八万円に対し昭和四四年一月一八日より支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金

(二)  原告田村津与志、同明子、同浩一に対し各損害金六八二、〇〇〇円及びうち金六二万円に対する前同様の遅延損害金

(三)  原告森元善治、同森元波代に対し各損害金五五万円及びうち金五〇万円に対する前同様の遅延損害金

第三被告らの答弁

一  請求原因に対する認否

(1)  請求原因一、二、四のうち被告会社の責任原因の各事実は認める。

(2)  同三の事実は否認する。本件事故については被告松本には過失がない。

すなわち、本件事故当時、本件事故現場は、国道九号線拡幅改良工事中であつた。右工事は、建設省が熊谷道路に請負わせ、同会社が吉良工務店に下請させていたものである。同会社の責任者は迫田輝雄であり、被害者はそのもとで右工事に従事していた。

そして、当時現場には、道路西側に落盤防止のための鉄柵用の鉄柱を立て、これを仮固定するため、鉄柱上部からワイヤーロープ四本をかけて引張り、その一本は道路上部を横切つて東側道路下まで達していた。その高さは道路中央東側部分でわずか三メートルであり、ここを通過する大型車両は右ロープにひつかかる仕掛けになつていた。

被告松本は、加害車を運転して右現場にさしかかり、交通規制を確認して、時速を二〇キロに減じた上、交通指導員の白旗合図に従つて現場に進入した。交通指導員が白旗を振つて通行を促がしている現場に、前記のような仕掛があるなどとは、ほとんど通常人の予測をこえることであつた。したがつて、被告松本にとつて、自車荷台にワイヤーロープがひつかかり、本件事故発生の危険があることを予見することは不可能であつた。故に、被告松本は本件事故につき過失がない。

(3)  請求原因五の(一)ないし(三)、(五)の事実は争う。ただし被害者の年令の点は認める。しかし、被害者の就労可能年数は五五才までとすべきである。

二  示談

被告らは、昭和四五年四月二九日原告森元善治、同森元波代を除く原告らとの間で本件損害賠償に関し次のとおり示談をした。すなわち、被告会社は右原告らに対し、自賠責保険金以外に、被告会社の加入している任意保険金により保険会社(日新火災海上保険株式会社)の査定した金額を支払い、これにより、右原告らは将来いかなる事由あるも異議がないとした。そして、その後同会社は右原告らの損害額を、原告自認の填補額三五〇万円を控除して残額六五四、七三六円と査定した。よつて、右原告らは右金額以上の請求をすることができない。

三  免除

右原告らは、本件事故の共同不法行為者である熊谷道路、吉良工務店との間で、本件事故の損害賠償につき金五〇万円で和解し、その余の債務を免除した。本件事故については、前記のとおり本件事故現場に危険なワイヤーロープを設置した現場工事責任者迫田輝雄の過失が重大で、仮に被告松本の過失を否定できぬとしても、その過失割合は全体の十分の二程度である。したがつて、右迫田の使用者もしくは工事請負業者である前記両会社の責任は、被告らの責任より著しく重大である。かかる場合右両会社に対する免除の効力は、その負担部分(一〇分の八)につき絶対的効力を生じ、その分だけ被告らの債務も消滅する。

四  過失相殺

前記のごとく、本件事故については迫田輝雄の過失ひいては吉良工務店の責任が重大である。被害者は右会社の従業員であつたから、被告らとの関係においては、損害額の算定につき、右迫田の過失が相殺されるべきである。そして、右迫田の過失割合は、前述のとおり少くとも全体の一〇分の八である。

五  損害の填補

原告田村津与志、同明子、同浩一は、被害者カズ子の死亡により労災保険遺族補償年金の受給権を取得した。そして、同原告らが受給資格を有する間に支給される年金額は同原告らに対する損害賠償額を補うに充分である。

第四被告らの抗弁に対する原告の主張

一  示談の抗弁について

被告ら主張の文言による示談契約が締結されたことは認める。しかし、右契約は次の理由により無効である。

(一)  右示談契約の内容は、被告らにおいて保険会社の査定する金額を支払うというのであるが、査定額とは損害金額というにすぎず、査定方法の如何によつて大きな差異が生じるのであつて(自賠責保険金の額については査定事務所における一般的基準があるが、任意保険の場合はないので、自賠責保険金の場合と同一に論じられない。)、これでは、示談契約としてその契約内容が不明確である。

(二)  また、任意保険金の査定は、保険加入者が被害者に賠償した場合、保険会社が加入者に填補する保険金を査定するのであつて、加入者が被害者に支払わないうちに、あらかじめ支給保険金を査定することはできない。右示談契約は不能なことがらを内容とするもので、無効である。

(三)  右示談契約は錯誤により無効である。

原告らが右示談契約を締結したのは、被告会社の社員山本浩二が示談書(乙第一号証)を作成して保険会社に五八二万円の請求書とともに提出すれば、被告会社加入の任意保険金により、右請求金額から自賠責保険金三〇〇万円を差引いた二八二万円の給付をうけられると言つたので、原告らにおいてこれを信じたからである。しかるに、その後保険会社の査定は六五万円程度になることが判明した。したがつて、右示談契約は、原告らにおいて給付を受けられる金額につき要素の錯誤があつたというべきであるから、無効である。

(四)  右示談契約は詐欺によるものである。

被告らは、本件損害賠償につき、被告会社社員山本浩二を代理人として交渉にあたらせた。同人は、日新火災海上保険株式会社が二八二万円にも上る任意保険金の支払いに応じないことを知りながら、原告らが保険金請求に無知なことに乗じて前述のとおり、原告らにおいて示談書を作成して請求書とともに保険会社に出せば、二八二万円程度の保険金の給付がうけられる旨申向けてその旨原告らを誤信させ、よつて右示談契約に合意させたものである。したがつて、右契約は被告らの代理人による詐欺によるものであるから、原告らは、昭和四七年四月一三日本件第七回口頭弁論期日で陳述した同月一三日付準備書面によつて、右契約の意思表示を取消した。

二  免除の抗弁について

右原告らが熊谷道路、吉良工務店と被告主張のような和解、債務免除をなしたことは認める。ただし、その際右原告らにおいて、被告らに対する賠償請求権を放棄しないことを確認している。しこうして、共同不法行為者の一部の者に対する免除は相対的効力しかもたないから、前記会社に対する免除は被告らに対する賠償請求権に何ら影響を及ぼさない。

三  過失相殺の抗弁に対する主張

被害者自身、本件事故について何ら過失がない以上、本件請求金額につき過失相殺されるいわれはない。

四  損害填補の抗弁について

被告ら主張の原告らが被告主張の年金の受給資格あることは認めるが、その余の主張は争う。

第五前記原告の再抗弁に対する被告の主張

和解の錯誤による無効、詐欺による取消の主張は争う。

理由

一  請求原因一(本件事故の発生)、同二(結果)、同四のうち被告会社の責任原因の各事実については当事者間に争いがない。

二  被告松本浅雄の過失について

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。被告松本は、加害車を運転して本件事故現場を通過するに際し、進路前方に、ワイヤーロープが道路左側端に立てられた高さ一〇メートルの鉄柱の頂部より道路を横切つて道路右側端地上に向け斜めにわたされ、これが低く垂れさがつているのを認めた。かかる場合、右架線が自車の荷台上部に引つかかる危険があつたのであるから、自動車運転者としては徐行あるいは一旦停止して、安全を確認した上進行し、右事故を未然に防止すべき注意義務があつた。しかるに、被告松本は、右注意義務を怠り、わずかに進路を左に寄せただけで、右危険を回避できると軽信して自車を進行させた過失により自車荷台上部アングルを右ワイヤーロープに接触させ、原告主張(請求原因一)のとおり本件事故を発生させた。以上のとおり認められる。そして、当時、交通整理員が、白旗を振つて同被告に進行を促がしたという事実があつても、右被告の過失を否定することはできない。

三  損害

(一)  被害者田村カズ子に生じた損害

1  死亡による逸失利益 金二、〇七二、〇〇〇円

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。すなわちカズ子は生前いたつて健康であり、夫の原告田村一三とともに農業に従事するかたわら日雇人夫としても稼働していたこと、右農業収入は昭和四二年度で二九二、〇〇〇円であつたこと、一三は主として大工として働いていたので、カズ子が主として農業に従事し、その収入に対する貢献度は約七割程度であり、したがつて、カズ子一人の農業収入額は二〇四、〇〇〇円とみるのが相当であること、右以外にカズ子は同年中に日雇人夫として約九〇日働き、五九、〇〇〇円の収入をあげたこと、同人の死亡当時の収入も右と大たい同じであり、合計年額二六万円を下らなかつたこと、以上の事実が認められる。

右事実によると、カズ子は、本件事故で死亡しなければ当時三五才であつたから(この点は当事者間に争いがない)、更に六〇才までの二五年間は稼働して年額二六万円程度の収入をあげうるものと認めるのが相当である。(カズ子の健康状態等からみると、もう少し高令に至るまで稼働しうるものと考えられるが、年をとるに従い、次第に前記農業収入に対する貢献度や日雇人夫としての就労日数が減少する可能性があるので、これらの点をも考慮して就労可能年数を二五年とした。)

〔証拠略〕に照すと、カズ子の生活費は前記収入額の五割にあたる額が相当であるから、前記収入額より右生活費を控除し、ホフマン式(年別)により年五分の中間利息を控除して前記二五年間の逸失利益を算出すると二、〇七二、〇〇〇円となる。

2  カズ子に対する慰藉料 金一〇〇万円

前記記載事実および諸般の事情に照し右金額が相当である。

(二)  カズ子の損害賠償請求権に対する原告らの相続額

原告田村一三(夫、相続分三分の一) 金一、〇二四、〇〇〇円

原告田村津与志、同明子、同浩一(子、相続分各九分の二) 金六八二、六六六円

〔証拠略〕によれば、右原告らとカズ子との身分関係が認められる。

(三)  原告らに対する慰藉料

原告田村一三 金九〇万円

原告田村津与志、同明子、同浩一 各金四〇万円

原告森元善治、同森元波代 各金二〇万円

前記甲第一号証によれば原告森元善治、同波代はカズ子の父母であることが認められ、前記記載事実及び諸般の事情に照し右金額が相当である。

(四)  損害の填補

原告田村一三、同津与志、同明子、同浩一が、自賠責保険金三〇〇万円及び本件事故の共同不法行為者たる熊谷道路、吉良工務店より損害賠償金五〇万円を、各相続分の割合で受領したことは、右原告らの自認するところであるから、これを次のとおり賠償額から控除する。

原告田村一三につき 金一、一六六、六六六円

原告田村津与志、同明子、同浩一につき 金七七七、七七七円

(五)  弁護士費用

〔証拠略〕によれば、原告らは、その主張のとおり原告訴訟代理人に本件の手数料として一五万円を支払い、成功報酬として認容額の一割を支払う旨約したことが認められる。前記被告らが賠償すべき金額(原告田村一三に対し七五七、三三四円、同津与志、同明子、同浩一に対し各三〇四、八八九円、同森元善治、同波代に対し各二〇万円)、本件訴訟の経過に照し、前記弁護士費用のうち本件事故の損害として被告らが賠償すべき金額は、次の金額をもつて相当とする。

原告田村一三 金七六、〇〇〇円

原告田村津与志、同明子、同浩一 金三万円

原告森元善治、同波代 金二万円

四  被告らの抗弁に対する判断

(二) 和解の主張について

原告森元善治、同波代を除く原告らと被告らとの間に本件損害賠償について被告ら主張のとおりの文言による示談契約が成立したことは、当事者間に争いがない。

そこで、右示談の趣旨について判断するに、〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。すなわち、本件事故後、被告会社では、原告らに対する損害賠償につき、自賠責保険金を超える金額を、日新火災海上保険株式会社から支払われるいわゆる任意保険金の範囲で支払いたとの意向を持ち、被告会社の社員山本浩二が原告らを代表する原告田村一三と交渉した結果、同原告においても被告会社の右任意保険金の請求手続に協力することになつたこと、そこで、右山本は同原告から提供された資料等にもとづき、原告らから被告会社に対する総額五八二万円(これには、原告森元善治、同波代に対する慰藉料六〇万円が含まれている)の本件事故による損害賠償の請求書草案を作成し、これを原告一三に送付したところ、同原告において右請求額を了承し、右草案のままの請求書を作成して被告会社に送付したこと、その際同原告は、前記山本の説明をきいて、右任意保険金の請求手続をとることにより、右請求額より前記損害填補額を控除した金額の支払いを受けられるものと考えていたこと、右請求書を受取つた被告会社では、直ちに被告主張のとおりの示談内容による示談書(乙第一号証)を作成して同原告に送付し、同原告においてこれに署名押印して被告会社に返送したこと、被告会社は、これら書類を添えて前記保険会社に任意保険金の請求手続をとつたが、右保険会社では、本件事故による損害額を総額四、一五四、七三六円、これより前記損害填補額三五〇万円を差引き支払い額六五四、七三六円と査定したこと、これを知つた原告一三は、被告会社に対し右金額の支払いでは本件損害賠償を解決できない旨申し送り、前記山本も右金額が少額に過ぎると考えて右保険会社と交渉し、また右会社社員とともに同原告方に赴いて話し合つたが、査定額を七〇万円に増額するという保険会社の意思表示があつただけで、解決するに至らなかつたこと、以上の事実が認められる。

前記示談書自体の文言だけによると、原告一三は被告らに対し、自賠責保険金のほか、前記保険会社の損害査定額の支払いを受ければ、何ら異議がないこと、すなわち、それ以上の損害賠償を請求しないことを約したことになるのである。しかし、前記認定事実に徴して当事者の意思を合理的に解釈すれば、原告一三は、被告会社に対する総額五八二万円、原告森元善治、同波代を除く原告らにつき五二二万円の損害賠償請求額が保険会社によつてそのまま本件事故による損害額として査定されることを前提として、前記示談により、右金額以上の被告会社に対する損害賠償請求権を放棄したものと解するのが相当である。もしこのように解さなければ、保険会社の査定額がいかに少額であつても、それ以上の損害賠償請求権を放棄したことになつて、被告会社に損害総額五八二万円の請求をしている原告一三の意思と合致せず、また、被告会社の賠償額が、予想のつけがたい保険会社の査定額できまるということになつて、示談としてその内容が不明確となり、示談契約の効力そのものが疑われることになる。

そうしてみると、前記認定の原告森元善治、同波代を除く原告らの損害填補額控除前の損害総額(但し弁護士料は含まない)は五、一七二、〇〇〇円となり、右金額は前記示談による限度額五二二万円を超えないから、被告らの示談(原告らの損害賠償請求権の放棄)の抗弁は採用することができない。

(二) 免除の抗弁について

原告森元善治、同波代を除く原告らが、本件事故の共同不法行為責任を負う熊谷道路及び吉良工務店と示談し、右両会社から本件事故の損害賠償として五〇万円の支払いを受け、右両会社に対しそれ以上の損害賠償債務を免除したことは当事者間に争いがない。しかし、〔証拠略〕によると、右原告らは、右債務免除にあたり、前記両会社に対して、被告会社に対しては損害賠償の請求をすることのある旨を明示していたことが認められる。少くとも、かかる場合は、共同不法行為責任を負う一部の者に対する債務免除は、いわゆる絶対的効力を生じるものではなく、他の共同不法行為責任者の債務額に影響を及ぼさないと解するが相当である。したがつて、前記債務免除が前記両会社の負担部分につき絶対的効力を生じることを前提とする被告らの抗弁は理由がない。

(三) 過失相殺の抗弁

被告らは、本件事故については、本件事故現場に危険な方法でワイヤーロープをはつた吉良工務店の現場責任者迫田輝雄の過失が重大であり、被害者カズ子は、右使用者責任を負う同会社の従業員で右迫田の指揮のもとに同会社の作業に従事中事故にあつたものであるから、本件損害額の算定にあたり右迫田の過失を被害者側の過失として斟酌すべきであると主張する。

しかし、民法七二二条二項にいう被害者の過失とは、いわゆる被害者側の過失が含まれるが、この被害者側の過失とは、過失相殺の公平の原理に照し、被害者本人と身分上、生活関係上一体をなすとみられる関係にある者の過失をいうのであつて、本件については右被告の主張によつても、被害者カズ子と迫田輝雄の間に右のような関係を認めることができない。したがつて前記被告の過失相殺の主張は採用できない。

(四) 遺族年金給付請求権取得による損害賠償額の減縮の抗弁について

原告田村津与志、同明子、同浩一が、母カズ子の死亡により、労災保険遺族補償年金の受給資格を有するものであることは当事者間に争いがなく、当裁判所の広島労働基準監督局宛嘱託の結果によると、当局において右年金給付の決定をなしていることが認められる。

右の労災法による遺族補償は、死亡労働者の収入によつて生計を維持していた一定の遺族に対し、死亡者のうべかりし収入額の限度で年金を支払うことにより、遺族の被扶養利益の喪失を補おうとするものであり、その実質において、死亡者の逸失利益につき遺族になされる損害賠償と同一の機能を営むものである(労災法二〇条二項)。しかし、右遺族補償は、法律の規定に基くものであつて、損害賠償とはその責任原因が異なるから、右遺族補償年金の受給権があるからといつて、これを利得として損益相殺の法理により不法行為に基く損害賠償額から控除すべきではない(もつとも、遺族が右年金を現実に受領した場合には、保険代位によりその分だけ損害賠償債権が政府に移転するから(労災法二〇条一項)、遺族の損害賠償債権は減少するが、本件については前記原告において前記年金を現実に受領したとの主張立証はない。)。したがつて、原告らにおいて前記遺族補償年金の受給権があることをのみ理由として損害賠償義務がないとする被告の主張は失当である。

五  結論

原告らは、各自次の金員を支払うべき義務がある。

(一)  原告田村一三に対し、損害金八三三、三三四円とうち金七五七、三三四円に対する昭和四四年一月一八日より支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(二)  原告田村津与志、同明子、同浩一に対し各損害金三三四、八八九円とうち金三〇四、八八九円に対する前同様の遅延損害金

(三)  原告森元善治、同森元波代に対し各損害金二二万円とうち金二〇万円に対する前同様の遅延損害金

よつて、原告の本訴請求は、右金員の支払いを求める限度で認容し、その余を失当としてこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 黒田直行)

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